包茎手術の成功談

え、落ち込むこともある。
とりわけ先に希望の乏しい看病ともなればなおさら。
Jは自身への励まし、あるいは戒めとして、折、色紙に記したものを娘の横たわるベッドの枕元の上に置いていた。
病室を訪れるたび、その色紙をTは見やっていた。
看護する家族の気持として伝わってくるものがあった。
霊安室でお別れ会が済んだとき、TはJに、あの色紙をコピーさせていただけませんか、と申し出た。
「あんなものでよければどうぞ先生のほうでお持ちになっていてください」といわれて譲り受けたものである。
以降、Tの部屋に置かれているI。
二〇〇〇年秋、お別れ会からいえば五年半が過ぎている。
私は富山・氷見市に端Jを訪ねた。
北陸線で高岡に出、単線の氷見線に乗り換える。
穏やかな富山湾の水面が初秋の日をきらきらと跳ね返している。
学生時代、この地からやってきていた級友の自宅に泊めてもらったことがあった。
夕食で出された魚が飛びきりの美味であったことがかすかによぎった。
駅の改札口に、Jさんが出迎えてくれていた。
眼鏡をかけておりましてグレーの上下を着ておりますから、ということであったが、すぐに彼女とわかった。
端正な顔立ちの、しっかりした感じの女性であった。
しっかりした女性-というのが、TはじめK大病院の関係者に一様に残している端Jの印象である。
近くの喫茶店で向かい合った。
Zちゃんが移植手術を受けたのは小学校五年生、十歳である。
生後まもなく胆道閉鎖症が判明-葛西式手術-一時回復-黄疸・吐血・動脈瘤など肝疾患の症状が現われる……という典型的なコースをたどっている。
そのなかで特記すべきは、何度か腸閉塞に悩まされ、手術も受けていることである。
振り返っていえば、この疾患に最後の最後までまとわりつかれたのであった。
高岡市民病院に通院、あるいは入院しながら小学校に通っていたが、担当医より移植治療を考えたほうがいいというアドバイスを受けた。
Jが娘を連れてはじめてK大病院を訪れたのは一九九三年暮れである。
Tに会って、データを見てもらい、移植治療の説明を受けたが、まずは「他人事のように聞こえ」、やがて「頭をコーンとぶたれた気分」となった。
というのも、この当時、黄疸症状は出ていたがさほどひどくはなく、見た目、娘は「ぴんぴん」していたからだ。
この前日まで通常通りに通学していた。
差し迫った状態にあるとも思えず、「肝臓を良くする特効薬の話が聞ける程度の腹積りで」出かけたからである。
病状の認識、とくに移植手術の時期については、医師側と患者側はしばしば1能をきたすものだ。
手術をやる側に立てば、元気に見えるようなころがいい。
時期を逸すると術後の成績が落ちることは統計上もはっきりしている。
される側に立てば、まだそんなに、と思うものであるし、人間、嫌なことは先に引き伸ばしたいものだ。
病院からの帰り道、いまは大丈夫でも来年はわかりませんからねえIというTの言葉がJには強く残った。
高岡市民病院の小児内科医で、娘が生まれて以降ずっと主治医をつとめてくれた和田直樹という医師をJは信頼していた。
なにより娘と仲良しの関係にあるのをうれしく思っていた。
帰郷し、和田にも相談したが、和田の見解もTと同じであった。
富山・立山のほうで生体肝移植を受けた子供かおり、すっかり元気になったというニュースも耳にしていた。
Tの話にJは驚いたけれども、「根が単純で」、徐に移植治療に楽観的なイメージが膨らんだ。
夫妻、また娘もO型である。
はじめは夫が臓器提供者になるといっていたのであるが、軽い脂肪肝があることが判明、Jがドナーとなることに決めた。
ただ、親の意思だけでは決められない。
十歳といえばもういろいろと判断できる年頃だ。
わが子とはいえ一個の人格をもった個人である。
娘の意思を尊重したかった。
その役割を和田が引き受けてくれた。
決めなくていいからじっくり考えてみようか」病院からの帰りの車中で、娘と母はこんなやりとりをした。
したら、お母さんのほうが病気になるんじゃないの?」Jはショックを受けた。
娘がためらっているのは手術への怖れからだと思い込んでいそれが、子供なりにいろいろと考えていたのだ。
たことは心配しなくてもいいの。
あなたがこうしたいということで決めたらいいから」次の日、娘から返事をもらった。
Jがつけてきたノートからの引用である。
達筆な筆で、病状の様子を記しながら、自身の気持も折、メモされている。
このノートを読むだけでも壮絶な術後の日が読み取れる。
自身、外科病棟から出たあとは、小児病棟の個室がJの住まいとなった。
部屋は看護婦詰所の前にあって、つまり最重症患者ということである。
娘が横たわるベッド脇の狭い空間で寝起きしながら、一つひとつ、悲しいこと、うれしいことがあった。
それらの一つひとつを柔らかく包んでくれた数え切れないほどのだくさんの平凡なことがあった……。
端Zへの症例は、百七例目に当たっている。
まだ移植外科は独立しておらず、第二外科の教授がA義生、助教授がTであったが、移植チームはTとI(講師)を軸にして動いていた。
Jへの肝切除はAが担当したが、ドナーとしての術後は良好であった。
腹部の痛みもひどくはなく、どういうわけか肩のほうが痛んだ。
Aは夫人が富山出身とかで、以降も何度か病室を訪ねてくれたものである。
Tが執刀した埋め込み手術は難航した。
摘出すべき病的肝が周りの組織と癒着しているのが葛西式手術を受けた患者の特徴であるが、Zちゃんの場合、腸管を加えて癒着がひどい。
腸はいろんなところにはまり込んでタンゴ状態となっている。
その剥離の過程でどうしても腸管が傷ついてしまう。
埋め込み手術後、二度、三度、腹膜炎を起こし、腸の修復手術を強いられたのはそのせいである。
移植肝が良く働いてくれればと、Tは祈るように思ったものである。
肝臓は止血や解毒の作用をもつと同時に、傷を癒す作用を有する。
腸に何度か穴があくのは、腸の壁が弱っていると同時に肝臓がいまひとつ働いていないことを示している。
移植肝への拒絶反応を抑えるためにFK506を投与しなければならない。
免疫力を抑制するから外敵に無防備にさらされる。
種の感染症が引き起こる……。
彼女の術後は、移植治療の困難さをどっぷり引き受ける症例となった。
車イスで病院の構内を散策したり、夏の花火大会を見物した日も記されてはいるか、そんな日はわずかで、発熱、下血、血漿交換など、厳しい様子が続いている。
ICUにいたことによる重度ストレスの為に思考が落ちている様子。
高年齢の人に多いようだが、ストレスがそれだけ強かったのだろう。
1、2、3……と指を一本づつ増やしていってかぞえさせるが、4、5まではいえるが7が言えない。
わからない。
とてもショックだった。
軽いけいれん。
謝気分転換に散歩に出る。
しかしZは眠ってばかり。
目が見えないということが確実にわかる。
大変なショックであった。
母の心痛が痛いほどに伝わってくる。
そんななか、容態の変化やちょっとした出来事にJは喜びを見出だしている。
自ら座ってみたいと言い、ベッドを起こして練習をしてみた。
夜、家にTEL。
大ちゃんが誕生会で、大きくなったら「お医者さんになりたい」と言ったことを聞き、胸が熱くなった。
三木さんから心暖まる手紙を頂いた。


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